※画像はイメージです。
その昔、ファミキャンしていた頃のことを思い出しながらつらつらと記しておきます。
時が経てば経つほど忘れていきますので。
【いつ?】
長女が一歳ぐらいの頃です。
【どこへ】
今、地図と睨めっこしていてもさっぱり思い出せないのですが、京都山中にある林道です。
この頃、私はジムニーから長女が生まれたので日産テラノ(D21)に乗り換えました。
細い狭い林道へ入れなくなった代わりに、長距離移動した後の疲労がかなり軽くなったのを覚えています。
まぁフロントの足周りのため、オフロードでは……でしたけど。所詮は元トラック。
世間ではクロカン四駆で林道を走ることに眉を顰める方も多いかと思います。
私もそうです。
別に言い訳ではありませんが、私の場合は原生林の荘厳な雰囲気に浸ったり、渓流があったら下りていったり、無名の滝に見惚れたり。
そこでしか見られない景色を独り占め!というのに魅せられたいたわけです。
しょっちゅう車を停めてはその辺を歩き回る、『山歩き』に近い感覚でゆっくり走っていました。
まぁ山登りには憧れはあったのですが、嫁さんは歩くのが苦手なので……それは無理。
代替行為としての林道巡りだったわけです。
しかし林道で出会うパジェロやランクル達はラリーみたいにかっ飛んでました。マジで。
確かに私は足回り弄った車で夜な夜な峠道を走り回ってたことあります。はい。
しかし林道は
・ブラインドコーナーが多い上に草木が茂って見通しがさらに悪い
・そもそも林道は狭い道がほとんど
・カーブミラー、ガードレールも無いことが多く、崖沿いなんてザラ
という理由でお金を積まれてもスピード出す気はないのでした。死にたくないもんで。
しかも妻や娘を乗せてるのですよ?
家族を乗せたパジェロがすごいスピードで走り抜けて行くのを見た時は『死ぬなよ……』と心の中で手を合わせたりしたものです。
(そもそもフラットダートでイキがるなよ)
そういうスタイルですからより山深いところへツーリングマップル見ながらでルート設定。
「よし。次はここへ行こう」と計画し、キャリアにベビーカーを、ラゲッジにキャンプ道具を積み込んで出発しました。
京都に近い兵庫県のとある町。川沿いに巨大な看板が幾つも立ってました。
「キャンプ禁止」
当時は第一次キャンプブームの真っ最中。
「きっとゴミ放置、焚き火でボヤ、色々とやらかしたんだろうなぁ」と思いつつ通過しました。
そこを抜けてまず1泊目。
「キャンプ禁止」としている町を抜けてその隣町にある山の中、村と言っても良い田舎。
実は兵庫県、全国で唯一「村」が存在しない県なのです。
川沿いにいい感じの場所がありそこにテントを設営。
ムーンライトは私1人で10分もかからず設営完了。
あまり記憶がないのですが、翌朝「釣り禁止」の看板を無視して釣り人が入って来てました。
「◯◯が好きな人はみんな良い人」
これ、幻想です。
世間と同じ、良い人も悪い人もいるわけで。
近くの道路脇でツーリングライダー2名がブルーシートを敷いた上で爆睡してました。
ずっと走って力尽きたんだなぁ、と彼らの無事を祈ります。
目当ての京都の林道へ。
かなり高度を稼ぐので少し涼しく感じます。
山の深さが今まで走破した林道と異なり、四国の剣山スーパー林道とも違う趣き。
「天狗が住んでるよ」と言われても素直に頷いてしまいそうな雰囲気。
すれ違う車やバイクがキャリアに積んであるベビーカーを見てギョッとするのが何回かありました。
眺めの良い開けた場所があったのでキャンプ地とします。
長女は野に放たれ、野性を解放しキャアキャア叫びながら走り回ります。
この頃、焚き火は一切していません。
子どもの頃から近所の空き地で寒かったら焚き火、
また嫁さんと結婚する前、山の中へドライブして寒い日は河原に下りて焚き火してコーヒーを飲んだり。
そんな焚き火好きの私が何故しないのか?
理由はシンプル。
夕方ぎりぎりまで林道を走り、暗くなってきたらテント張れそうなところを見つけてすぐに夕飯、そのまま就寝というパターンだったから。
準備と後始末に時間がかかる焚き火は選択肢から外れます。
コールマンのシングルバーナーで素早く調理出来るメニュー、パスタか冷凍うどん(この頃はカトキチ、現テーブルマーク)、簡単パスタが多かったです。
当時一番活躍したクッカーは、知り合いの板金屋さんに頼んで作ってもらったステンレス鍋。
容量は3リットル。
パスタを茹でるのに重宝しました。
そう言えば。
キャンプ中の食事は全て私が担当。
だって普段は嫁さんがするわけで(たまには私も作りますが)、キャンプの時ぐらいゆっくりしてほしいなと。
子どもの面倒も見るわけですし。
まぁこの日はまだ明るいうちからテント張ってのんびり寛いでいました。
すると1台の車が林道の奥の方からかなりの速さでやってきて、私らの前で停車。
白人男性が運転、後部座席には10歳ぐらいの男の子が泣きながら乗ってます。
「この道を下って行けば街へ出られるか?病院はどこにある?」
男性が尋ねてきました。あまり日本語は得意ではなさそう。
私も下手な英語混じりで地図を片手に説明。
英語圏の人と話す時は少々文法がおかしかろうと、堂々と話すのが大切だとニュージーランドで学んだ私です。
留学生の子にもそう言われたことありました。
彼はお礼を述べ、猛スピードで去っていきました。
「事故せんように気をつけてな、お父さん」
無事を祈ります。
こんな山の中に何故?」
この疑問は翌朝に判明します。
朝、撤収作業を済ませて出発。
少し走ったらキャンプ場がありました。
「あ、昨日の親子はここに泊まってたんだね」
行き当たりばったりに近い林道巡りをする私には、キャンプ場を使う選択肢はありません。
何時に行けるかすらわからないので。
で、さらに少し走ると野犬を捕獲する檻(罠)をもっと大きく頑丈にしたものが複数置いてありました。
熊用のものです。
檻の中には大きな肉塊が吊るしてますな。
許可・京都府知事と書いてます。
ひえぇー!
熊と出会わなくて良かった。
地元にはいないもんで完全に失念してた私。
京都観光を嫁さんが言ってきたんですが、凄く渋滞している国道を見てもらって「何時間あってもどこにも行けないと思う。別の機会にね」と諦めてもらいました。
オチとしては弱いですが。
常にツーリングマップルで抜け道を探しての道中。
たまにあるんですが、立派な道をぐいぐい進んだ結果、終点は民家ってのが田舎あるあるです。
この日もそれがあり、テラノが転回するスペースがなかったので1kmぐらいバックで……。